競演か、共存か? ― 日本の武道・格闘技との比較と関係性
1. 日本武道・格闘技の多様なランドスケープ
日本には、古来より伝わる古武術から、近代に体系化された現代武道、そして海外から取り入れられた格闘技まで、非常に多様な身体文化が存在します。代表的なものだけでも、剣道、柔道、空手道、合気道、弓道、相撲といった「武道」があり、さらにキックボクシング、総合格闘技(MMA)、ボクシングなどの「格闘技」も人気があります。
このような多様な武道・格闘技が存在する中で、「少林武術」(少林寺拳法、少林拳を含む)は、どのような位置づけにあり、他の武道・格闘技とどのような関係性を持っているのでしょうか?
2. 少林寺拳法と他の日本武道との比較
まず、日本で広く普及している「少林寺拳法」について見てみましょう。
- 柔道との比較: 柔道は、嘉納治五郎によって古流柔術から創始された武道であり、「精力善用」「自他共栄」を理念とします。主な技術は「投げ技」と「固め技」です。少林寺拳法にも「柔法」として投げ技や固め技が含まれますが、柔道ほど専門的ではなく、むしろ打撃技である「剛法」と組み合わせて護身術として体系化されている点が異なります。また、柔道はオリンピック種目にもなっており、競技性が非常に高いですが、少林寺拳法は(演武競技などはあるものの)競技性よりも「人づくり」の側面をより強調しています。
- 空手道との比較: 空手道は、沖縄の「手(ティー)」が日本本土に伝わり発展した武道で、主に突き、蹴り、受けを主体とする打撃系の武道です。多くの流派が存在し、それぞれに型(カタ)や組手のスタイルが異なります。少林寺拳法の「剛法」は、空手の打撃技と類似する部分もありますが、少林寺拳法は「柔法」との連携を重視し、一つの体系の中に組み込んでいる点が特徴です。また、空手も競技化が進んでいますが、少林寺拳法は宗教的な背景(金剛禅)を比較的強く持っています。
- 合気道との比較: 合気道は、植芝盛平が創始した武道で、相手の攻撃力を利用した円運動による体捌きや関節技、投げ技を主体とします。試合形式の競技を行わないことが原則であり、精神性を重視する点が特徴です。少林寺拳法の「柔法」の中には、合気道の技法と類似した関節技や力の流し方(例えば「流水蹴」など)も見られますが、少林寺拳法は打撃技(剛法)も明確に含んでいます。精神性を重視する点は共通していますが、その哲学的背景(金剛禅 vs 神道・言霊思想など)は異なります。
少林寺拳法は、日本の他の武道と比較して、「剛法(打撃)」と「柔法(投げ・関節技)」を明確に区分しつつ、それを一つの体系として統合している点、そして「金剛禅」という独自の宗教的・思想的バックボーンを強く打ち出している点に、その独自性があると言えるでしょう。
3. 中国伝統少林拳と日本の武道・格闘技との比較
次に、中国から直接伝わった、あるいはその流れを汲む「少林拳」について考えます。
- 技術的な特徴: 少林拳は、非常に多様な技術(拳、蹴、摔、拿、点穴、各種武器)を含む総合的な体系です。日本の武道と比較すると、一般的に動きがより大きく、跳躍や回転などのアクロバティックな動作(長拳系の場合)、あるいは動物の動きを模した象形拳などが含まれる点が特徴的です。また、套路(型)の種類が非常に多く、武器術の比重が大きい傾向もあります。気功による内外の鍛錬を重視する点も特徴です。
- 空手との関係性再考: カテゴリ2で触れたように、空手の源流である沖縄の「手」には、中国南派拳法(南少林拳との関連が指摘される)の影響があると考えられています。そのため、空手の型(サンチンなど)や一部の技法には、少林拳(特に南派)との類似性が見られることがあります。しかし、日本本土で発展する過程で独自の進化を遂げており、現代の空手道と少林拳は、技術的にも思想的にも異なる部分が多くなっています。
- 散打とキックボクシング/MMA: 少林拳の実践的な攻防技術である「散打(サンダ)」は、突き・蹴り・投げ技が認められる格闘技です。これは、日本のキックボクシング(主に打撃)や総合格闘技(打撃、投げ、寝技)と比較されることがあります。散打は、特に投げ技がポイントになる点で、キックボクシングとは異なります。MMAと比較すると、寝技(グラウンド)での攻防が限定的であるなどの違いがあります。近年、日本でも散打の大会が開催されたり、MMAの選手が散打の技術を取り入れたりする動きも見られます。
4. 相互影響と共存
少林武術(少林寺拳法、少林拳)と日本の他の武道・格闘技は、互いに影響を与え合ってきた側面もあります。
- 少林寺拳法への影響: 創始者・宗道臣は、日本の柔術(八光流など)も学んでいたとされ、少林寺拳法の柔法にはその影響が見られるという指摘があります。
- 他武道への影響: ブルース・リー(ジークンドー創始者、詠春拳などを学ぶ)やカンフー映画のブームは、日本の空手家や格闘家にも影響を与え、中国武術の技術やトレーニング法に関心を持つきっかけとなりました。一部の空手流派では、中国武術由来とされる型を練習に取り入れている場合もあります。
- クロス・トレーニング: 近年では、特定の流派や競技にこだわらず、様々な武道・格闘技の技術を学ぶ「クロス・トレーニング」が盛んです。空手家が少林拳の身体操作を学んだり、MMA選手が散打の投げ技を研究したりといった例が見られます。
現代の日本では、少林武術は、他の多くの武道・格闘技と「競合」するというよりも、それぞれの特性や魅力を持ちながら「共存」していると言えるでしょう。実践者は、自身の目的(健康、護身、競技、精神修養など)や興味に応じて、最適な武道・格闘技を選択しています。少林武術は、その歴史的背景、独自の技術体系、そして精神性によって、日本の多様な武道・格闘技シーンの中で、ユニークな地位を占めていると言えます。