現代日本の道場風景 ― 少林武術の練習と実践者たち
1. 多様化する日本の「少林」道場
現在(2025年時点)、日本国内で「少林」の名を冠して活動している武術道場や団体は、大きく分けていくつかのタイプが存在します。
- 少林寺拳法グループ: カテゴリ3で述べた、宗道臣が創始した日本発祥の武道。全国に多数の支部(道院・支部)を持ち、青少年から社会人まで幅広い層が修行しています。宗教法人、財団法人、学校法人といったしっかりした組織基盤を持っています。技術体系や理念は、創始者である宗道臣の教えに基づき、統一されています。
- 嵩山少林寺系の少林拳団体: カテゴリ5で述べた、日中国交正常化以降に設立された団体が中心。嵩山少林寺との繋がり(公式な認定、指導者の招聘、定期的な交流など)を強調するところが多いです。指導内容は、嵩山少林寺で伝承されているとされる伝統的な套路(型)、基本功、散打、気功などが中心となります。団体ごとに、特定の老師(師匠)の系統や、得意とする技術(例えば、伝統拳術中心、散打中心、気功中心など)に特色が見られます。
- その他の中国武術系団体(少林拳を一部指導): 中国武術全般を指導する中で、そのカリキュラムの一部として少林拳系の套路や技術を取り入れている団体。長拳、南拳、太極拳など、他の中国武術と並行して学ぶことができます。
- カルチャーセンターやスポーツクラブの講座: 健康増進や趣味として、少林拳の入門的な套路や気功(易筋経、八段錦など)を指導するクラス。本格的な武術修行というよりは、フィットネスやリラクゼーションを目的とする参加者が多い傾向があります。
これらの団体は、それぞれ成り立ちや目的、指導内容が異なるため、「少林」という名前は共通していても、その実態は多様であるということを理解しておく必要があります。ウェブサイトやSNSでの情報発信、体験入門などを通じて、自分に合った場所を見つけることが重要です。
2. 道場での練習内容:何を学ぶのか?
一般的な「少林拳」(嵩山少林寺系)の道場で行われている練習内容を具体的に見てみましょう(団体によって差異はあります)。
- 準備運動・柔軟運動: 怪我の予防と可動域の向上のため、入念に行われます。中国武術特有の柔軟法(圧腿、搬腿、踢腿など)が取り入れられることも多いです。
- 基本功(ジーベングン): 最も重要な基礎練習。正しい姿勢(馬歩、弓歩、仆歩などの歩型)、基本的な突き(冲拳)、蹴り(蹬腿、踹腿、弾腿など)、受け(格擋)などを反復練習します。体力、安定性、技のキレを養います。
- 套路(タオルー): 少林拳の様々な型を学びます。初心者向けの簡単な套路から、複雑で高度な套路、さらには棍、刀、剣などの武器術の套路へと段階的に進んでいきます。套路を通して、技の連携、リズム、身体操作、そして攻防の意味を学びます。演武会などで披露されることも多いです。
- 対練(ドイリェン): 二人一組で、あらかじめ決められた手順に従って攻防を行う練習。套路の技が実際にどのように使われるのかを理解し、相手との距離感やタイミングを掴むのに役立ちます。
- 散打/散手(サンダ/サンショウ): 自由な攻防練習。防具(ヘッドギア、グローブ、ボディプロテクターなど)を着用して行うのが一般的です。学んだ技を実践的に使う能力、反応力、戦術などを養います。競技として行われることもあります(中国の散打ルールに準拠するなど)。
- 気功(チーゴン): 呼吸法と意識、そして緩やかな動きを組み合わせた健康法・鍛錬法。「静功」(座禅のような静かな状態で行うもの)と「動功」(動きを伴うもの)があります。易筋経、洗髄経、八段錦、各種の養生功などが代表的です。体力増強、精神安定、集中力向上などの効果が期待されます。
- 理論学習: 少林武術の歴史、思想(禅武一如など)、基本的な技の原理などを座学で学ぶこともあります。
これらの練習は、通常、週に1~3回程度、1回あたり1.5~3時間程度のクラス形式で行われることが多いようです。
3. どんな人たちが実践しているのか?
少林武術(ここでは主に嵩山少林寺系)を日本で学んでいるのは、どのような人たちなのでしょうか。
- 年齢層: 子供(少年部)から高齢者まで幅広いですが、中心となるのは社会人(20代~50代くらい)が多い印象です。少年部は、礼儀作法や集中力、体力を養う目的で通うケースが見られます。
- 性別: 以前は男性の比率が高かったと思われますが、近年は健康志向や護身術への関心の高まりから、女性の参加者も増えています。特に気功クラスなどは女性の比率が高い場合もあります。
- 動機:
- カンフー映画への憧れ: 子供の頃に見た映画の影響で始めた、という人は依然として多いです。
- 健康増進・体力向上: 運動不足解消、ダイエット、体力づくり、柔軟性向上などを目的とする人。特に気功は健康法として人気があります。
- 護身術: 実践的な強さを求めて、散打などの練習に熱心に取り組む人。
- 精神修養: 禅や東洋思想に関心があり、武術を通して精神性を高めたいと考える人。
- 中国文化への関心: 武術を通して、中国の歴史や文化に触れたいと考える人。
- 他の武道・格闘技経験者: 新たな技術体系や視点を求めて、少林拳を学び始める人もいます。
実践者の目的は多様であり、本格的な武術家を目指す人から、健康維持や趣味として楽しむ人まで様々です。多くの道場では、それぞれの目的やレベルに合わせて、クラスを分けたり、指導内容を調整したりしています。
4. 日本における実践の特徴と課題
日本で少林武術を実践する上での特徴や課題としては、以下のような点が考えられます。
- 指導者の質: 本格的な少林武術を指導できる、経験豊富で信頼できる指導者を見つけることが重要です。中国から来た指導者であっても、その経歴や指導能力は様々です。
- 練習環境: 中国のように広大な練習スペースや専門的な設備を確保するのが難しい場合があります。限られたスペースでの工夫が求められます。
- 「本物」の追求と現実: 嵩山少林寺で修行するような環境を日本で完全に再現することは困難です。映画のような超人的な技をすぐに習得できるわけでもありません。継続的な基礎練習の重要性を理解する必要があります。
- 情報へのアクセス: インターネットの普及により、情報収集は容易になりましたが、玉石混交の情報の中から、正確で信頼できる情報を見極める必要があります。
現代日本の道場では、伝統的な少林武術の要素を守りつつも、日本の社会や実践者のニーズに合わせて、指導法や練習内容が工夫されています。多様な動機を持つ人々が、それぞれの目標に向かって、日々鍛錬に励んでいる姿が見られます。