スクリーンの中のヒーロー ― カンフー映画ブームと少林寺イメージ
1. ブルース・リー旋風と「カンフー」の衝撃
1970年代初頭、日本の大衆文化に衝撃的なブームが巻き起こりました。それは、香港のアクションスター、ブルース・リー(李小龍)によるカンフー映画旋風です。1971年の『ドラゴン危機一発』、続く『ドラゴン怒りの鉄拳』(1972年)、そして彼の名を世界的に不動のものとした『燃えよドラゴン』(1973年)は、日本でも記録的な大ヒットとなりました。
ブルース・リーがスクリーンで見せた、それまでのアクション映画とは一線を画す、スピード、パワー、そして独特の叫び声(怪鳥音)を伴うリアルな格闘シーンは、日本の若者たちを熱狂させました。「カラテ」とは違う、「カンフー」と呼ばれるその武術(彼自身が創始したのはジークンドーですが、一般にはカンフーとして認識されました)は、神秘的で強力な東洋の秘術として、強烈なインパクトを与えました。「アチョー!」という彼の叫び声は流行語にもなり、ヌンチャクは子供たちの間で大流行しました(そして、危険だとしてすぐに禁止される地域も出ました)。
このブルース・リー旋風は、それまで一部の武術愛好家や中国文化に関心のある層にしか知られていなかった「中国武術(カンフー)」という存在を、一気に日本の一般社会に広める起爆剤となりました。人々は、カンフー=超人的な強さ、というイメージを強く持つようになったのです。
2. ジャッキー・チェン登場とコミカルカンフー
ブルース・リーの死後、カンフーブームは下火になるかと思われましたが、そこに新たなスターが登場します。それがジャッキー・チェン(成龍)です。1978年の『スネーキーモンキー 蛇拳』、そして同年の『ドランクモンキー 酔拳』は、日本でも大ヒットを記録します。
ジャッキー・チェンのカンフーは、ブルース・リーのシリアスでストイックなイメージとは対照的に、コミカルな要素、アクロバティックな動き、そして身の回りの物を武器として使うユーモラスなアクションが特徴でした。『酔拳』で見せた、酔えば酔うほど強くなるという奇抜な設定や、厳しい修行シーンとコミカルな師弟関係の描写は、新たなファン層を獲得しました。これにより、「カンフー」は、超人的な強さだけでなく、面白さやアクロバティックな魅力も併せ持つものとして、より親しみやすいイメージで日本に定着していきました。
彼の映画の中にも、「蛇拳」「虎拳」「蟷螂拳」など、少林寺系の武術でも見られる象形拳をモチーフにしたような動きが登場し、中国武術の多様性を(脚色を伴いつつも)紹介する役割を果たしました。
3. 決定打! 映画『少林寺』とその影響
そして、1982年に公開されたジェット・リー(李連杰)主演の映画『少林寺』は、日本における「少林寺」及び「少林武術」のイメージを決定づける作品となりました。この映画は、文化大革命で衰退していた嵩山少林寺の復興を目的の一つとして、中国政府の協力のもと、実際の少林寺でロケが行われ、出演者の多くも本物の武術家たちでした(ジェット・リー自身は北京武術隊のエースでしたが)。
隋末唐初の動乱期を舞台に、父を殺された若者が少林寺で武術を学び、成長していくというストーリーは、勧善懲悪の明快さと、ジェット・リーをはじめとする出演者たちの本物の武術(特にスピーディーで華麗な棍術や拳術)の迫力で、観客を魅了しました。日本でも大ヒットし、社会現象とも言えるほどのブームを引き起こしました。
この映画の影響は絶大でした。
- 「少林寺=カンフーの聖地」というイメージの確立: それまで漠然としていた少林寺のイメージが、具体的で heroic なものとして定着しました。
- 少林武術への関心の高まり: 映画を見て「少林拳を習いたい」と考える若者が急増しました。これは、後述する日本での「本格的な」少林武術道場の設立や普及に繋がる土壌を作りました。
- ジェット・リーの人気: ジェット・リーは、ブルース・リー、ジャッキー・チェンに次ぐ、新たなカンフースターとして日本でも絶大な人気を獲得しました。彼が演じるクリーンでストイックな少林僧のイメージは、多くの人々に好感を持って受け入れられました。
- 観光地としての少林寺: 映画のヒットにより、中国河南省の嵩山少林寺は、日本人にとっても人気の観光地となりました。
4. 映画が作り上げたイメージと現実
ただし、これらのカンフー映画(『少林寺』を含む)が描いた少林武術や少林僧の姿は、あくまでもエンターテイメントとしての脚色が多く含まれている点には注意が必要です。空を飛ぶような跳躍、一撃で多数の敵をなぎ倒す超人的な強さ、あるいは『酔拳』のような奇抜な拳法などは、映画的な誇張表現です。
また、映画では戦闘シーンが強調されますが、実際の少林寺では、武術の修行(練功)は仏教(禅)の修行と一体であり、厳しい戒律や日常生活の中での修行も重要な要素です。映画が作り上げた「カンフーマスター」のイメージと、実際の修行者の姿にはギャップがあることも理解しておく必要があります。
とはいえ、これらの映画が、少林武術や中国武術全般に対する日本人の関心を喚起し、ポジティブなイメージ(強さ、神秘性、精神性など)を植え付けた功績は計り知れません。それは、カテゴリ3で述べた少林寺拳法の普及とはまた別のベクトルで、「少林」というブランドを日本社会に浸透させる大きな力となりました。そして、このブームは、後に中国から直接、少林武術が伝わる際の受け皿となる素地を形成したと言えるでしょう。